社会学=人文電波説/社会=電波的実在説

社会学はたしかにルネサンスよりもはるかに遅れて誕生している。しかしそれは社会という意味的――むしろ電波的と形容した方が適切であると考えられるが――実在自体がユマニスムの極限状態であることの表現であり、社会学(=電波の電波への反省)の誕生もこの極限状態に対応した表現である。

むろん、ユマニスムの極限状態を地盤としておこなわれる学という営み自体が、電波的実在であることはいうまでもない。それは反省性の無い電波だというだけである。