『近代の観察』

(1992)

固有値 Eigenwert
28-29, 63-90

第一章 近代社会における近代的なるもの


全体社会の自己記述もまた観察の観察、記述の記述という回帰的ネットワークに根ざしている。である以上、次のように期待できるのではないか。この作動の営みのなかで、固有値(Eigenwert)が生じてくるだろう。すなわち、さらなる観察の観察に際してもはや変化せず、安定したものに留まる立場が登場してくるであろう、と。しかし近代社会においては、この固有値はもはや直接的な観察の対象ではなくなっている。固有値を物(Dinge)の同一性として考えることはできない。他の観察者がその物を別様に観察することは常に可能だからである。(28)

すなわちセカンド・オーダーの観察のレヴェルでは、あらゆる言明が偶発的になってしまう。あらゆる観察に対して、むろんセカンド・オーダーの観察も含めてであるが、こう問いかけることができる。この観察はどんな区別を用いているのか。その結果としてこの観察にとって何が不可視になっているのか、と。したがって、近代社会の固有値は偶発性という様相形式において定式化されねばならないのではないかとの推測が生じてくるのである。(28-29)

言うまでもなくこのような意味で基礎として踏まえられた固有値は、一時的な準拠点としてしか考えることができない。しかしそれを除去すれば《カタストロフィ》に至ることになるだろう。厳密にシステム理論的な意味でのカタストロフィに、すなわち別の形態の安定性へと突然移行することにである。(29)

第三章 近代社会の固有値としての偶発性


必然的でも不可能でもないものはすべて偶発的である。(65)

  • 様相論理学
    • ルイス
      • 「Pは必然的である」=□P
      • 「Pは可能的である」=◇P
      • 【Pは偶然】≡【Pは可能だけど必然じゃない】(◇Pかつ?□P)


観察が観察へと回帰的にカップリングされることによって、《固有値》が生じてくる。この固有値は、観察を実行するシステムが維持され続ける限り、安定したものであり続けるのである。そして偶発性はこの固有値という形式、少なくともその形式のひとつであるように思われる。システムがセカンド・オーダーの観察の上に据えられている場合には、そしてその限りにおいて、そのシステムは(必然性および不可能性と比べて)それほど前提を要さない固有値へと移行していくのである。(71)