地平:ぼくとアーシェのイヴァリース

ファイナルファンタジーXII 公式ガイドブック』(13/100)

FF12の発売日が3月16日、ぼくは17日の昼にTSUTAYAで購入して、その日のうちにプレイをスタートしている。その3日後から、はてなグループにてプレイ日誌をつけはじめる。特に根拠もなく、その日誌は、ちょうど100年前のアメリカで少数の人々によって知られていた、敬愛するオカルト研究家ウィルバー・ヘヴィサイドの直訳風の文体で書くことにした。FF11はまだプレイしたことがないのでFF12のバトルシステムについてはまだまったく何も知らなかったし、購入直前にも、購入してからも、FF12の世界観についてはなにも知らなかったから(買って自宅へ帰る途中、取扱説明書を読みながら歩いて知った情報、それだけがぼくの前提知識だった)、どのような文体でプレイ日誌を綴るのがふさわしいのか、ゲーム開始後3日目になってもまだイメージすることすらできなかった。ほんとうにその文体は、ぼくが適当に選んだだけだ(というか日本語でいう体言止め。というか、名詞句、とも副詞句、ともとれるようなとにかく節を作らない断定口調。なおかつフランス語風の「○○すること」といったような教訓口調にならないこと。これを満たしていれば1980年代アラバマ主婦のショッピング・メモ文体、でもよかったのだが)。


プレイ日誌をつけ始めたころ、つまり発売開始後3、4日経過したころ、ブロゴスフィアではクリア報告が流れ始めていた。おおかたが、プレイ総時間50から60時間ほどだったようだ。FF12にはメイン・ストーリーと呼びうるものに付随するサブ・ストーリー、ないしサブ・イベントが大量に内包されているが、そういったものをなるべく避けて、メイン・ストーリーをひたすら直線的に進んでいくならば、そのぐらいのプレイ時間でエンディングを見ることができるだろう。サブ・ストーリーの代表的なものが「モブ・ハント」で、これは、クランとよばれるハンター組織にイヴァリースFF12の舞台となる世界)各地から舞い込むモンスター退治の依頼で、パーティはこれを引き受け、討伐する。討伐モブ数と、通常のエンカウント・バトルによって蓄積されるポイントにより、クラン・ランクが決まる。「モブ」にはランクがあり、パーティのレベルに合わせて引き受け可能な討伐依頼も変化し、最強のモブは、メイン・ストーリーのラスト・ボスをはるかに上回る強敵である(ここが非常に重要なポイントだ)。


ぼくは4月3日、プレイ開始後18日目にメイン・ストーリーをクリアする。総プレイ時間は70時間を越えていた。メイン・ストーリーを大幅にそれることなく、サブ・イベントもそこそこ楽しみながら進めた結果で、妥当なプレイ時間だと思う。ラスト・ボス戦の舞台となる空中要塞へ突入する際のムーヴィー(ファイナル・ファンタジー・シリーズに対する主要な批判ポイントとなっている、プレイヤーを傍観者・観客にしてしまう文字通りフルCGアニメーションの映像)はスター・ウォーズ・ファンならずともニヤリとしてしまう(むしろファンなら「パクリやがって」と怒るのだろうか)家庭用ゲーム機史上最高のハイクオリティの美しい映像。


エンディングはこのゲーム唯一の「萌えキャラ」パンネロ一人称でナレーションをつとめ、感動を誘う(ぼくのPCのデスクトップの座は4週間パンネロが独占した)。


さて本書、『公式ガイドブック』なのだが。これは4月7日、ぼくのプレイ日数では22日目に発売されている。FF12の歴史的・クロノロジカルな特徴は、もちろんこれはFF12にかぎったはなしではなくDQ8であれその他1995年以降に発売された、なかでも21世紀になって発売されたゲームのほとんどにあてはまる特徴だが、WEBでの情報交換が非常に盛んである点に存する。サイト読者からの投稿・2ちゃんへの投稿と連動したWiki攻略サイト間の連携、投稿された情報の真偽にかんするディスカッションと情報の淘汰(信憑性の低い情報は正式なかたちで「まとめ」られない)。ぼくが「メイン・ストーリー」を終えた時点で、その蓄積された情報量は「メイン・ストーリー」を終えるのに必要な情報の数倍を越えていた。このような環境の中で、『公式ガイドブック』の意義とはどこにあるのだろうか。


FF12をプレイしていない、あるいは関心をもっていない読者のために、簡単にゲーム内容とその世界観(Weltanschauung)を紹介しよう(すでにプレイしている読者はこの段落を読み飛ばせ)。舞台はイヴァリース。時代は「まだ魔法があたりまえのように存在し、天かける飛空挺が大空を埋めていた時代」。大国アルケイディアとロザリアがイヴァリースの覇権を狙い争う時代(二大帝国!)。二国の間に位置する小国ダルマスカは、アルケイディア帝国にロザリア侵攻の足がかりとして侵略される。と、ここまで記憶と『ガイドブック』を頼りに書いたが、ここからはほぼ『ガイドブック』なしで自動的に書くことができる。理由は後でわかる。小国ダルマスカはアルケイディアの支配下にあり、2年前の戦争で兄、家族を亡くした少年ヴァン(17歳)が主人公。その幼なじみで同じく戦争孤児であるパンネロ(16歳)がパーティメンバー(かつ唯一の女性萌えキャラ*1)。2年前の戦争で夫を亡くした王位継承者ダルマスカ王女・現解放軍軍人アーシェ(19歳)は通称ツンデレ王女。なのだが、「ツン」はわかるが「デレ」を想起させる(回想)シーンはゲーム終盤にならないと出てこないので、なぜに皆「ツンデレ」と決め付けてかかるのか、さっぱりわからない。条件反射にもほどがある。じっさい最後まで「デレ」はほとんどない。「ツン」ではなくなる、という程度。ほか、イヴァリースには70%の「ヒュム」(当然ラテン語のhom、humiといった語幹から来ており、人間をあらわす)と多くの種族が共存しており、パーティにもエルフを思わせるヴィエラ族が参加する。2年間独牢に閉じ込められたダルマスカ帝国軍人、謎の空賊(というかアルケイディアの元名門貴族←ネタバレ)がメインパーティメンバー。イヴァリースの動力資源は「魔石」で、飛空挺はこれを動力に空を飛ぶ(タクシーも空を飛ぶ)。大きなクリスタルはテレポート機能をもち、無料タクシーとして運営される。ここまで書けばわかるように、イヴァリースにおいて「産業革命」は地球のそれをはるかにしのいでおり、じっさい帝都アルケイディスに初めて足を踏み入れたときのムーヴィーは、SF映画に見る未来都市である。地球との違いは、「地上には機械を腐食させる菌がはびこっており、地上を移動する機械の開発は遅れている」ということだけだ。タクシーが空飛んでるのだからそんなものいらないと思うけど……。


舞台設定にかんする記述は果てしがない。FF12について語ることは、イヴァリースという舞台設定について語ることにほぼひとしい。なぜか。まず二大帝国が戦争をする理由が見当たらない。豊富な資源、過剰なまでに進んだテクノロジー、充分とはいわないまでも進んだ種族間の平等意識(白人、黒人、などというものではない。爬虫類や豚から進化した種族まで同居している)、進んだ分業、進んだ官僚組織(官僚組織間の争いもまたストーリーの鍵を握るのではあるが……)、進んでいないのは代議制のような政治システムだけだ(ここ、非常に大事)。


果てしがないことに関しては、「果て」の方から書いていくのが手っ取り早い。イヴァリースにおいて「いまだ」成し遂げられていないのがルネッサンス、つまり人文復興だ。「人間の手にイヴァリースを取り戻す」。では誰の手に今はあるのか?魔石/魔力(「ミスト」とよばれ、気体のメタファーで示される)である。魔力が込められた魔石の力がイヴァリースを支配している。魔石の力とは?そこがはっきりとしない。人々は当然のこととはいえ、魔石に神秘的なものを見出し、自然発生的な宗教観念を抱いている。神都ブルオミシェイスには、神を祭る宮殿がある。ただし「どの」神を祭っているのか、最後まで定かではない(この神都も、ゲーム終盤でアルケイディアによるジェノサイドに見舞われる←ネタバレ)。ひとつはっきりしているのは、アルケイディアの「戦争動機」は、「人造破魔石」の力でイヴァリース統合を人間の力で成し遂げること、これである(破魔石とは、文字通り魔石の力を破壊・吸収する、強い魔石のようなもの)。さらにいえば、かつてのイヴァリースを一代で統合した「覇王」は、「破魔石」の力でその統合を成し遂げたのだが、覇王に破魔石を与えた「神々」(らしきもの)のうち一体が、「人間に力を託すことを試みたい」というテストとして、アルケイディアに協力している。これらの、堕ちた「神」、人造破魔石を作らんとする科学者(マッドサイエンティスト)、人間の力による覇権を欲する政治家、以上がアルケイディアの「戦争動機」である。前段落で代議制のような政治システムが進んでいないと書いたが、王位継承は血統によっている(なぜかイヴァリースのどこの国においても)。覇権を欲する政治家、がこのゲームの最大の鍵を握っているのだとすれば、この無茶苦茶な舞台の上で繰り広げられるあれこれは、ルネッサンスと遅れた政治システムが最大の駆動力となっていると単純化できる。


もうひとつ。アルケイディアという最大の帝国に対して反乱する側の問題。象徴的代表者がアーシェ王女であるが、彼女の動機は、2年前に夫や国の人々を殺されたという怨念以外にない。非常に暗い。こんなに暗い女性には、実生活でしか会ったことがない(ゲームでは『逆転裁判』に登場する美柳ちなみという女性も暗かったが、裁判で成仏できるのだから平和なものだ)。パーティはこのアーシェ王女の怨念に最後まで付き合わされるのだが、どこかでこの王女の首をスパッと切ってしまえば、イヴァリースには平和が訪れるだろう。なぜだれもそうしないのか?美人だからか?ぼくがパーティメンバーなら、当然、美人だからという理由で、首を切らないだろう。だがそれはぼくの個人的趣味の問題で、やはりこのゲームの世界には徹底して政治意識に欠けているとしか思えない。


アーシェは破魔石を追いかける。かつての覇王の末裔として、覇王が残した破魔石を探してイヴァリース中を駆け巡る(「おつかい」ともいう)。あるヒントをもとに、破魔石の場所をつきとめ、ボスクラスの魔物を倒し、アイテムをゲットする。しかしそのアイテムは最終的なアイテムではなく、さらにその背後にはもっと「本質的な」アイテムがあるのだということを知らされる。さらにその背後を追う。こうしてパーティは、文字通りイヴァリース中を引っ張りまわされる。【アーシェの地平】は、つまり破魔石である。破魔石の力があれば、アルケイディスに復讐できる。「力が欲しい、復讐したい、なんとしても復讐しなければ……」とつぶやき続ける19歳の王女。ああ暗い。こんな暗いゲームをぼくはプレイしたことがない。目を背けたくなる。


【アーシェの地平】はどこで終わるのか?当然、地平には果てがない。越えることができないから、「それ」は「地平」と名指されるのだ。地平が終わるとき、それはむかう方向を変えるときだけだ。リドルアナ大灯台で、アーシェはやっと「向き」を変えてくれる。【アーシェの地平】は、実質的にはそこで終わる。あとはラスボス退治だけ。


さて、これでハッピーエンドか?二つの戦争動機が最終局面を迎え、原始的な「力勝負」を残すのみとなり、力勝負に勝ったパーティメンバーは平和を取り戻して日常に帰るだけか?結論をいうと、「メイン・ストーリー」はこれで終わる。FF12のメイン・ストーリーは、「アーシェがこちらを向いていた」からスタートし、「アーシェがあちらを向いた」で終わる。


問題はそこからだ。この記事を「アーシェとぼくのイヴァリース」と題した。アーシェの地平は終わった。4月3日という日付けをもって。3月17日の記事で、ぼくは「3月下旬ののっぴきならない事情」を示した。そこからのリンク先には、「なお、のっぴきならない事情により、次回の更新は4月以降となります。申し訳ありません。」とある。事情はぼくも同じだった。ただし、4月以降、その「のっぴきならない事情」は目の前から消えていない。【ぼくの地平】が終わっていないのだ。現在、総プレイ時間120時間オーヴァー、パーティ平均レベル60オーヴァー。


この記事は『公式ガイドブック』の感想文として書かれている。評価は★★だ。4月7日の時点で発売されるガイドブックには、まずは【アーシェの地平】を終わらせる、つまりメイン・ストーリーを終わらせる情報を盛り込むべきではなかったか。ガイドブックは、メイン・ストーリーとサブ・ストーリーをまんべんなく楽しみながら、じっくりとこつこつ進めるタイプのプレイヤーを想定して書かれている。だが、じっさいはそのようにはこのゲームを進めることはできない。サブ・ストーリーをいちいち楽しんでいたら、ラスボスなどアーシェ・19歳・未亡人・女性の素手の一撃で倒せてしまうだろう(誇張表現)。


どこで読んだのかは記憶にないが、開発者は「イヴァリースという世界が主人公」であると、FF12について語っていた。まさにその通り。ここまで主人公に感情移入しにくく、ここまで暗い暗鬱とした舞台のゲームはあまりない(ゲームスタートは王都ラバナスタからだが、主人公とその幼なじみ、知り合いの少年たちは孤児であり、ダウンタウンと称する地下街に閉じ込められて住んでいる。その暗さは尋常ではない)。同じことをまた書くが、メイン・ストーリーのクリアに必要な情報の数倍の情報が、4月3日の時点で、FF12攻略Wiki(大量に存在する)には蓄積されていた。この記事を書いている現在、その情報は洗練され(正確さを増して書き直され)、情報量はさらにその数倍に膨れ上がっている。そしてまだまだ情報は汲み尽くされていないようだ。


【ぼくの地平】は終わる予感がない。イヴァリースの方向を向いている限り、「3月下旬ののっぴきならない事情」が終わる気がしない。今週、ゼミでの報告があり、主催する研究会での報告があったため、1週間の禁FFを自分に課したのだが、微熱をともなう風邪をひいてしまい、寒気とめまいと嘔吐感が続いている。狂った生活パターンのせいで病院の予約も無視せざるをえず、抗鬱剤も切れた。大量に余っている抗不安薬睡眠薬、イヴプロフェン配合の解熱剤に頼りながら、ぼくはぼくの地平に向かい続けざるをえない。幻覚が見えてきた。レキソタンソラナックスのおかげで不安はない。ぼくにかまわず、みなさんはみなさんの地平に向かって歩いて・走って・ときには方向を変えていってください。さようなら。

ファイナルファンタジーXII(特典無し)

ファイナルファンタジーXII(特典無し)

*1:男性萌えキャラについてはよくわからない。とにかく洋画にみるような美青年しか出てこない