蝶プロパガンダ

(日付けは3月6日になってるけど観たのは5日深夜。6日はちゃんとお誕生日会したよ)

メル・ギブソン監督『パッション』2004年(7/100)

べつにまあ、評判どおりの映画でした、としか言いようがない。
ナザレのイエスの最後の12時間を、福音書からの引用をときおりはさみながら、淡々と描写。
ひたすら拷問拷問、拷問好きにはたまらない。
統治者(ローマ帝国)はラテン語で、被統治者はアラム語で話す。
痛くて痛くて痛くて痛くて最後に崇高。カントかよ!

モニカ・ベルッチがそんなに悪くない、という点で、評価は★★。

パッション [DVD]

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以下は参考にした文章。中村さんの文にある「十九世紀の反ユダヤ主義の神秘家の修道女の反ユダヤ主義的な理論」に興味あり。これは誰のことなんだろう。

ここでこの映画に対する異論をまとめてみよう。主に異議を申し立てているのは、反・中傷誹謗協会(Anti Defamation Legue)というところで、「この映画が現在の形のままで上映された場合には、憎悪、頑迷さ、反ユダヤ主義に油を注ぐ可能性がある」ことに大きな懸念を表明しているという。この映画はキリスト教の世界とユダヤ教の世界が相互の信頼関係を築くためにこの数十年間で構築してきた成果を破壊する危険があるのだという。

ADLではこの映画の難点を次のように列挙している。

  • この映画ではユダヤ当局とユダヤ人の「大衆」が、イエスを拷問し、処刑する決定を強いたように描き、イエスが十字架にかけられた責任は、ユダヤ人にあるかのように描いている。
  • この映画は暗鬱とした中世のステレオタイプを多用しており、ユダヤ人を血に飢えた、サディスティックで、貪欲な神の敵として描いており、同情と人間性に欠けている。
  • この映画は歴史的な誤認に依拠している。とくにユダヤ人の最高司祭が、ピラトをコントロールしているかのように描いているのは、歴史的な誤りである。
  • この映画では、一九世紀の反ユダヤ主義の神秘家の修道女の反ユダヤ主義的な理論を採用し、新約聖書から恣意的な引用を行い、歴史を過度に単純化し、ユダヤ人とユダヤ思想に敵対的である。
  • ユダヤ教を信仰するユダヤ人たちを、神の敵であり、悪の場所として描いている。

ADLでは、ギブソンがこの映画を作り直して、「歴史的に正確で、神学的に健全で、反ユダヤ主義のメッセージのないものに」することを望んでいると発表した。これに対してギブソンのプロダクションであるアイコン・プロダクションズでは、今後30日以内に、8名から10名のユダヤ教のリーダーとの会合を開きたいと発表した。

ギブソンは、ローマ・カトリックのうちでも、ラテン語のミサを続けることを主唱する派を熱心に信奉しており、この映画でもラテン語アラム語だけが語られるのだという。この映画をみた人は、イエスが自分の言葉を語り、英語が字幕ででてくるこの作品は「美しい」し「魔術的だ」と絶賛しているらしい。

まだ興行計画もまとまっていない作品ではあるが、ちょっとみてみたい気はする。ギブソンにとってはとんだ言いがかりに思われるだろうが、宗教家は、この作品は暴力と残酷さに重点をおきすぎていると批判し、ギブソン側は、とんでもない、これは愛と信仰と希望と赦しの物語ですと反論しているらしい。この評価がいずれも〈まずい〉意味で的中していないと良いと思う。これまで『ブレイブ・ハート』など、ギブソンの監督作品をみてきた者としては、無闇な暴力と、手放しの愛と信仰の物語にならないことを願いたいものだ。

今回は次の三本の記事を参考にしている。
○ADL Concerned Mel Gibson's 'Passion' Will Fuel Anti-Semitism if Released in Present Form
http://www.adl.org/PresRele/ASUS_12/4291_12.htm
Gibson's film 'Passion' inflames tempers
http://edition.cnn.com/2003/SHOWBIZ/Movies/08/13/gibson.passion/
○Die Geburt einer Passion Mel Gibsons Christus-Film und der Antisemitismus-Verdacht
http://www.perlentaucher.de/feuilletons/2003-08-18.html


大統領選を目前に控え、この映画がカトリック保守派とプロテスタント右派とユダヤ教左派の奇妙な連携を生みだしている点が興味深い。

■超保守派カトリックキリスト教右派

メル・ギブソンは、米国・ニューヨーク州ピークスキルに生まれ、12歳の時にオーストラリアに移住している。ギブソンは自宅近くに教会を建設するほどの熱心な超保守派カトリックであり、聖書や教義に忠実な立場をとっている。

この映画のプロモートのためにキリスト教右派団体が動員されており、大量のチケットが宗教関係者によって買い占められた。クリスチャン・コアリションは映画館に足を運ぶようにと信徒に呼びかけ、とりわけ二〇世紀を代表するテレビ大衆伝道師であるビリー・グラハムはこの映画を一生分の説教と同等の価値があると絶賛し、「感動のあまり涙を流した」のコメントが強烈にこの映画を後押ししたのである。

ビリー・グラハムブッシュ大統領を回心(ボーン・アゲイン)させ、アルコール依存症から立ち直らせたことはよく知られている。南部バプテストの福音派宣教師から1950年にビリー・グラハム福音宣教団を設立、「大統領の牧師」としてトルーマン大統領からクリントン大統領まで戦後歴代のほとんどの大統領就任式で祈祷を受け持ち、福音派エスタブリッシュメント的存在である。また過去に行われた世論調査では、ローマ法王を大きく引き離し、「米国で最も信頼される宗教家」に選ばれてきた。

現在、ビリー・グラハムパーキンソン病を患い、ビリー・グラハム伝道協会の総裁には息子のフランクリン・グラハムが就任している。ビリー・グラハムキリスト教右派の中でも比較的他宗教に対して穏健であったのに対し、フランクリン・グラハムは同時多発テロ直後には「大統領の祈とう者チーム」を立ち上げ、イスラム教を邪悪な宗教と呼ぶなど原理主義的な宗教へと傾斜しつつある。

ビリー・グラハムは独自に北朝鮮との密接な友好関係を築き、それを受け継いだフランクリン・グラハムも度々訪朝している。またビリー・グラハムレーガン大統領に対してバチカンに米国大使を置くことに尽力したこともあることから、この映画によってカトリックプロテスタントとの関係が見直されるきっかけとなるはずである。

このカトリックプロテスタントの接近に対して危機感を持って見つめているのが、ネオコンである。

ネオコンの『パッション』批判

ネオコン論客であるチャールズ・クラウトハマー(ワシントン・ポスト紙コラムニスト)、ウィリアム・サファイアニューヨーク・タイムズ紙コラムニスト)は、映画『パッション』を反ユダヤ主義だとして強烈に批判している。クラウトハマーやサファイアは、この映画によってキリスト教右派イスラエルとの関係が悪化し、ネオコンキリスト教右派の同盟関係に波及することを恐れたのであろう。