矢口史靖監督『スゥイングガールズ』[2004年・日本]

ウォーターボーイズ』の監督による二番煎じと思ってはならない。経済価値の落差が桁違いだ。映画作品を経済価値で測ることの意義は、このような作品に出会わなければ、人はなかなか気づくことがないかもしれない。
女子高生がビッグバンドジャズを演奏する――この単発アイディアは監督自身の着想だという。2003年にオーディションを行い、2004年9月には全国公開に至っている。その間、美しく若い女優達は管楽器の演奏と米沢弁をマスターしている。
ぼくは真面目に言っているのだが、1967年に神奈川県に生まれて東京造形大学に入学した矢口史靖が、この映画を完成させることはほとんど奇跡に近い出来事である。ワイヤーアクションとCGによるモーフィング技術とカンフーと押井守ボードリヤール監修のもとに*1映画化するというアイディアを映画界の「常識」として体験しなければならないわれわれにとっては、気づきにくいことではあるが。
しつこいようだが、若く美しい女優達を集め(上野樹里は映画公開時点で18歳だったはずだ)、山でマツタケ狩りをさせ、管楽器を練習させ、雪の上で転ばせ*2、ジョギングや腹筋運動をさせる――こういったことが、つまりおそらくIntelのCPU処理速度が2倍になること以上の市場価値がありそうなことを、映画という出来事に賭けてみる、そのような投資がなぜ矢口に可能だったのか。このことに驚かざるをえない。
そしてそのような投資を可能にさせるプロダクション構造が「日本の映画界」にしっかりと芽生え始めているということを、われわれはどのようにして享けとめることができるのか。「ニート」だの「勝ち組負け組」だの「産業構造の転換」だの「ネオ階層化社会」だの……その他もろもろの手垢まみれの「経済用語」(まさしく「用語」は経済的な機能を果たすものとして/果たすように用いられる)によってはまったくもって把捉できないような事態が、日本の経済市場においていともあっさりと生成してしまっていることを、映画批評の文脈を超えて、驚きをもって直視しなければならない。

評価:★5つ。

スウィングガールズ スタンダード・エディション [DVD]

スウィングガールズ スタンダード・エディション [DVD]

*1:ボードリヤールは監修を断ったが。

*2:上野樹里は雪の中を走り、転び、そして唐突に始まった雪合戦のシーンでは雪の上で仰向けに寝転んで映画史における奇跡とも言える表情をみせている。