『ドゥルーズ 没後10年、入門のために』

あーそういえば今年は没後10年だったんだなあ、とタイトルを見て感慨。
ドゥルーズ死去の記事が朝日新聞に載り、そこには浅田彰のコメントが短く掲載されていたのだけど、そのコメントの編集のされ方に怒った浅田が、後日、長文の寄稿をしたのを覚えている。ぼくはしばらくその二つの記事を切り抜いて壁に貼っていたのだったが、引越しとともにどこかに行ってしまった。当時(のことだったかいつのことだったか忘れたけど)浅田はベルクソンのラインでドゥルーズを読むことに(読んでいる連中に)懐疑的で、マルクス的側面を重視すべきだというようなことを何度か言っていたような気がするが、何度かというのはぼくの記憶違いでぼくがたんに何度も読み返しただけかもしれず、一度言っただけなのかもしれない。

ドゥルーズ KAWADE道の手帖

ドゥルーズ KAWADE道の手帖

酒井隆史萱野稔人松本潤一郎の対談では「ジジェクバディウネグリドゥルーズ路線」あたりの現況(?)に触れられていて、そのへん完全に避けて通ってたので、お勉強しようかなという気になった。

(via:http://d.hatena.ne.jp/clinamen/20051020/p2

≪メモ≫
萱野「出来事というのは単に機械状アレンジメントのレベルだけでは起こらない」
アレント「街頭に転がっているものをベストのタイミングで拾い上げるのが革命家だ」

≪関連≫