第1回


正月に読んでいた本は木田元ハイデガー拾い読み』で、

ハイデガー拾い読み
木田 元

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同じことを言うのに何冊も本を書くヒトだなあと感心したのだけど(笑)、やはり、言いたいことを言うためには、言葉を尽くして、同じことを繰り返し言うべきである、ということはモノを書いて生きていく者にとって常に真実だ。
とはいえ、上記木田本がたんなる繰り返しの金太郎飴であるかといえばそういうわけでもないと思う。なんといってもこの本のポイントは、プランを持たずに、その時どきの思いつきで順不同に「拾い読み」をしている点にある(この本は『大航海』誌での連載を纏めたものだ)。
大航海 53 [雑誌]

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この『大航海』53号でのインタビューも非常に面白かった。講義のやりかたや、講義に挑む予習復習のやりかた、といったエピソードが語られているわけだが、アカデミシャンの昔話はたいがい面白い。そういったエピソード的なことが『拾い読み』にもちりばめられていて、飽きさせない。
ぼくのいまの学業に対するスタンスも、ここでいう「拾い読み」に近い。博士論文にとりかかるのを意識的に先送りしているからなのだけれど、その時どきの興味関心にしたがって、ということはつまり場当たり的に、プランを持たずに、考えを、というより自分の考え方のスタイルを確認する作業をしている。
そこでちょっとした思いつきなのだけれど、ぼくの考え方のスタイルを確認する、ということはつまりバック・トゥ・ベーシックスも兼ねているということでもあり、おこがましくも「ルーマン拾い読み」という記事を書いてみたいと思う(今日はその第1回)。
いわゆる「ルーマニ屋」とよばれる専門家の皆さんからは顰蹙をかうことであろうが、ぼくはこの記事が、「少しだけルーマンに関心がある(が、何を言っているのかはよくわからない)」という方や、「世の中には社会学という学問があるらしいが、ちょっとかいつまんで、なにをやってる学問なのかカンタンに説明しなさい」と思っている方の役にたてばよいな、と思っている。

さて、今回は、ぼくとルーマンの出会い、について書いてみたい。時期ははっきりしていて、1996年である。どこで?『intercommunication』no.9での、志賀隆生による河本英夫インタビューで、である(笑)。ここで「かっこわらい」をつけなければならないのは、ぼくが名も知られていない、ルーマンに関心があるというだけの、いち社会学徒にすぎないからだ(河本英夫ルーマンを知った、というエピソードは、飲み屋話で笑いを取るのに充分なネタである)。
この『インコミ』no.9は「音=楽テクノロジー」特集で、1994年夏に出版されたときに購入している。94年といえばぼくは2回目の大学1年生をやっていて、(1回目の1年生のときにアメリカ文学からフランス文学に専攻を変えたのだが――慶応の文学部は専攻を2年に進級するときに決める)フランス文学の研究ではなく、もっと、この世のすべてを解き明かすような、もうすこし抽象度の高い学問を欲しがっていた。たとえば現代音楽研究、のような(笑)。そういう文脈でこの雑誌を買ったのを覚えている(そういえば石田一志の授業に出ていて、ブライアン・イーノについてのレポートとテクノについてのレポートを書いて提出したのだった)。

話を戻すと、96年当時のぼくの前提は、(1)ベルタランフィ〜ベイトソンというサイバネティクス・ラインのシステム理論に対する、ポストモダン的な関心・期待・希望、(2)宮台真司の東大時代の論文経由で(どういうわけだか)たどり着いたシンボリック・インタラクショニズムへの社会学的関心、(3)佐々木健一経由のカント『判断力批判』への美学的関心、(4)柄谷、浅田経由のポスト構造主義脱構築主義)への「ザ・批評空間」的関心、以上の4つにつきる(これら4つの前提についてはいずれ触れる)。
インコミ9号で、河本は次のような発言をしている。

オートポイエーシスは基本的に「人間を追放しよう」としています。有名なフーコーの予言はまだ実現していないわけですが、オートポイエーシスはつねにそれを実行しようとしており、「人間などは存在しない」と言おうとしています。社会システムと心的システム、細胞システム、神経システム、免疫システムなどが非常に危うい形でたったひとつの空間に重なり合っている複合体が「人間」なのであって、何か「私」と言えるほどのものがどこかに積極的に存在するわけではない、ということです。通常、観念論にしても唯物論にしても、「私」と呼ばれるのは心的システムの自己意識像です。これは心的システムが長い間かけて作りだしたイメージであって、心的システムの働きそのものはそうなっていないだろう、というわけです。社会システム、心的システム、免疫システム、この五つぐらいがたまたま同じような空間に固まっているだけです。

現在的観点からは、積極的に「人間はいない」と述べようとする理論は間違っている、と言うことができる。人間はたんにシステムではないだけであって、存在していないわけではない。われわれはシステムとして、人間という観念なり表象なりを利用しているのだから(ルーマンはそういった、システムではないけれどもシステムが構成しつつ利用する現実を、物質的連続体とよぶ)。日常的に、人間をみたり、人間に会ったりする「経験」をしているのだから(このあたりのことについては、いずれ述べる)。
だが、このような「積極的な」言い方は、ぼくを「しびれさせる」には充分だった、というわけである。

このインコミ記事は、志賀隆生の「人は生命にシステムを夢見る」という記事で、生命論の概観・研究ノート、のようなものだった。ここで重要なのは、「システム論は生物学からのモデルのパクリ」というありがちな誤解は、【生物学という、特定のパラダイムにもとづいた実証研究】と【生命論という、生命に関するパラダイムについての反省】との混同から生じている、ということではないだろうか。
もちろん、生物学自体が生命という謎=創発特性についての驚きから出発するものであるのだから、これらはかんたんに二分できるものではない。しかし生命への驚きを失った生物学が、貨幣・商品への驚きを失った経済学と等価であるように、生命論を生物学に還元して、社会システム理論を「生物学をモデルとした分析ツール」としてしかみることができない誤謬は、オートポイエティック・ターンのインパクトを完全に見逃している。
ここでいうような「ターン」は、もちろんありふれている。もっと単純に、「認識論上の学的な精緻化」とでも呼べばよいものである。
しかし96年当時、それはぼくにとって、たしかに「ターン」だったのであり、「インパクト」だったのだ。個人的な固有の経験を、学的なコミュニケーションにのせることは難しいし、あまり意味はない。ぼくが「個人的に」教訓とするべきことは、コミュニケーションを円滑にするために「ターン」以前に戻る、という処世訓だけは身につけてはならない、ということだと思う。

この記事で河本は、マトゥラーナが『オートポイエーシス』であげている、「13人の職人」の例に触れている。この有名な例示は、ここでいう「ターン」をうまく表現しているので、『AP』からそのまま抜き出しておく。

まず私たちが二つの家をつくりたいと思っているとしよう。この目的のためにそれぞれ13人の職人から成る二つのグループを雇い入れる。一方のグループでは、一人の職人をリーダーに指名し、彼に、壁、水道、電気配線、窓のレイアウトを示した設計図と、完成時からみて必要な注意が記された資料を手渡しておく。職人たちは設計図を頭にいれ、リーダーの指導に従って家をつくり、設計図と資料という第二次記述によって記された最終状態にしだいに近づいてゆく。もう一方のグループではリーダーを指名せず、出発点に職人を配置し、それぞれの職人にごく身近な指令だけをふくんだ同じ本を手渡す。この指令には、家、管、窓のような単語はふくまれておらず、つくられる予定の家の見取り図や設計図もふくまれてはいない。そこにふくまれるのは、職人がさまざまな位置や関係が変化するなかで、なにをなすべきかについての指示だけである。
これらの本がすべてまったく同じであっても、職人はさまざまな指示を読み取り応用する。というのも彼らは異なる位置から出発し、異なった変化の道筋をとるからである。両方の場合とも、最終結果は同じであり家ができる。しかし一方のグループの職人は、最初から最終結果を知っていて組み立てるのに対し、もう一方の職人は彼らがなにをつくっているのかを知らないし、それが完成したときでさえ、それをつくろうと思っていたわけではないのである。

オートポイエーシス―生命システムとはなにか
H.R. マトゥラーナ F.J. ヴァレラ 河本 英夫
国文社 1991-01


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これをいま読んでも、たんに目的論を(つまり「ある種の」本質主義を)批判しているだけではないか、と思ってしまうわけだが、繰り返し述べるように、ターンを導くインパクトは、読書体験のような心的システム上の撹乱が必要なのだ。
河本はこの例に触れた後、次のように言う。

例えば、石が重力法則に従って落ちているかどうかはわからないわけです。結果は一致しますが、結果が一致するようにコードを設定したのですから、それはあたりまえで、本当に石が重力法則に従っているかどうかはわからない。そういう意味で、近代の科学法則はすべてまだ目的論だと思います。結果が一致するようにコードを組み立てているわけですから、これは決定論でも機械論でもありません。目的を決めて、合わせているだけです。

「石は重力法則に従わない」。
こんな単純なレトリックでぼくをひっかけてくれたことに、ぼくは感謝さえしている。
この河本氏の発言を読んでも、まったくなんのインパクトも感じない「おとなげ」のある方々とコミュニケートするには、やはり、インパクトやレトリックは「固有の」ものであってはならない。ぼくの心的システムは、河本発言によって撹乱され、つまり刺激を受け、構造を変動させた。ぼくはコミュニケーション・システムを撹乱し、つまり刺激を与えることを今後の仕事としなければならない。そのためにはどうするか?
それをこの連載で探っていければよい、と考えている。