『権力』

権力

権力

[ルーマン][権力]日本語版への序文

[ルーマン][権力]第1章 コミュニケーション・メディアとしての権力

[ルーマン][権力]第2章 行為の連関形式

[ルーマン][権力]第3章 コード機能

【1】
概念形成は、社会の発展にしたがうものでなければならない。諸機能の働きのなかには、社会の諸条件の変化とともに上昇しうるものがある。「縮減された複合性の移送」という働きは、間主観的に構成される世界が複合的になればなるほど、ますます決定的に重要になっていく。

【2】
この上昇の可能性はすべて、シンボルによる一般化に結びついている。

  • 一般化:パートナー/状況の違いに抗して、同じか類似の帰結を引き出せる、意味定位の普遍化。

【3】

  • シンボル化:非常に複合的に組み立てられている相互行為状況が単純化して表現され、そしてそのことによってこの相互行為状況は《統一》Einheitとして体験しうるものとなる。

権力というコミュニケーション・メディアの構成条件は、それ自体としては、コミュニケーションの両方の側でたえず意識されている主題ではありえない。それらは、言語シンボルや記号において、あるいはまた人についての同一性のシンボル化を通じて、要約され表示される。
シンボル化は権力形成のために不可欠の必需品であり、この目的のために、すでに言語そのものが、力・能力・潜勢力のような〈傾性概念〉を用意している。

【4】

  • 傾性概念は、潜在的能力として働く。この概念は後に起こりうるものに似ている必要はない。その代わりに、時間および時間とともにやってくるはずだという想定を前提している。こうしてシンボル化されるのは、準備態勢である。

【5】

  • コード:自己の関連領域内にある任意のどの項目に対しても或る補完的な別の項目を探してきて、それを付属させることのできる構造。

もっとも重要なコードは言語を用いて形成されている。言語は否定の能力と結び付けられるから。
言語を補足する装置(SGK;10頁)は、言語のこの否定可能性のせいで必要となる。この補足装置がコードとして作動する能力は、別の形で保証されなければならない。

【6】
コードの属性をもつ諸構造は、複合的なシステムを構築するにあたってきわめて重要であり、不可欠。
どの言語コミュニケーションにもそれに正確に対応する否定を付属させることができる。このようにして、システム独自のカップリングを、それ以後の諸作動の前提として生産する(コミュニケーションの接続の条件)。

【7】
権力はコード。〈権力保持者が欲すること/権力服従者が欲しないこと(回避選択肢)〉という並列を可能にしているから。

【8】
相補的な回避選択肢を構成するこの二重化規則の結果、権力はコードであり、未加工状態の権力である。

  • 次に、第二コード化Zweit-Codierungが可能である。権力の場合、回避選択肢の可能な組合せの任意性が、まだ大きすぎる。〈法/不法〉のように、この任意性を期待可能な形式に限定しなければならない。

構造的カップリングの一種。

【9】
経済コードの場合、〈あるひとの所有/別の人の非所有〉。一定の発展段階のもとで、貨幣メカニズムによる第二コード化によって、〈諸物非所有の貨幣所有者/諸物所有の貨幣非所有者〉というふうに。

【10】
第二コード化は、変化していく社会文化的な諸条件のもとで、コミュニケーション・メディアの伝達の働きを上昇させるためのひとつの要素であるが、しかし、あくまで一要素であるにすぎない。

1.

【1】

  • シンボルによる一般化は、縮減された複合性の移送プロセスの一部を明示的なコミュニケーションの水準から相補的な期待化の水準に移すことを可能にし、そうすることによってコミュニケーション過程の負担を軽減することができる。

この場合には、権力服従者の予測は、二層的に進むことになる。彼の予測は〈権力保持者の願望に従わない場合の権力保持者の反応=回避選択肢〉だけでなく、〈権力保持者の願望それ自体〉にも関連する。

2.

【1】
(a)権力と(b)権力主題の二層的な予測ができるためには、これら両水準の一定の分離が必要であり、そのことにもとづいて期待可能性を両水準で別々に確保することが必要である。この要件は、完全に発達したメディア・コードのもうひとつの特性、すなわち、シンボル形成の二段階性を指し示している。
主題からのこの独立性ということによって、権力形成と権力適用の時間的な切り離しが可能となり、イニシアチブをとることが容易になる。

【2】
メディア・コードそれ自体は、他の諸シンボルとの可能な結合に関する、シンボルによって一般化された諸規則からなりたっており、そして実際には、こうした他の諸シンボルが体験と行為の選択過程に対してはじめて手引きを与えている。
コード自身は、主題の転換を乗り切ることができるのであり、主題の転換とは相対的に独立して安定していられる。
#コード/プログラムの区別。

【3】
メディアの非人格化。非人格化が進むにつれて、移送作用は、その分だけ選択を行なうひとの人格に依存することがなくなり、コード条件だけに依存するようになっていく。

【4】
多段階性は一般化のさまざまな長所をもたらすが、シンボルの諸水準の分化ということからひとつの二次的な問題が現われてくる。すなわち、コミュニケーションの諸困難をコード問題へと移し変えられるかどうか、また、どの程度移し変えられるのか、という問題。

3.

【1】
メディア・コードとコミュニケーションの主題とを分化させることができると仮定するとき、《コードは主題の転換を操縦することができるかどうか、またどのように操縦することができるのか、という問題》が現われる。
コードは抽象的であり続ける。が、主題の可能性の限界に対して完全に無関係であることはできない(主題の〈可能性の諸条件〉を引き受ける)。

【2】
理論の交代は真理に定位しているのかどうか、どのように定位しているか…など。

4.

【1】
行為連鎖の形成。権力は行為連鎖を組み上げるための触媒として役立っている。
長い行為連鎖の形成をもたらすのは、結合による利得を通じて実際にその価値がわかるため。

【2】
メディアの特殊化が必要。
BのCに対する権力についてもAの意のままになる場合、そしてこの場合にかぎって、わたしたちは連鎖ということにしよう。

【3】
連鎖形成を定義する標識は、権力過程の再帰反省性、つまり、権力過程を権力過程自身に適用する可能性である。
再帰反省的なメカニズムは、十分にはっきりした境界をもち・自己の諸過程を機能的に特定化することのできるシステムにだけ見出せる。
逆方向に流れる権力を生み出すということは、連鎖の形で延長される権力のおそらくは構造的な特性。なぜなら、システムの権力は、ただひとりの権力保持者がもっている可能な選択能力をはるかに超えるものだから。→権力コードは〈公式的〉な権力のコードと〈非公式的〉な権力のコードとに分化されなければならない。

【4】
連鎖形成は、ただひとりの権力保持者が行使することのできる権力よりも、より多くの権力を使えるようにするという機能をもっている。
しかし同時に対抗権力によって連鎖が切断されたり遮断される危険も増大する。そこからとりわけ、公式権力と非公式権力の分離にかかわる諸要求が生まれてくる。

5.

【1】

  • 公式権力と非公式権力の区別という問題を、副次コードNeben-Codeの概念で特徴づける。

【2】
社会の複合性の増大とともに選択の移送ということに対する要求も高まるのであるが、コミュニケーション・メディアがこの要求を満たさなければならない場合に、こうした副次コードが形成される。
その結果、抽象的で特定的でなければならない本来のコミュニケーション・コードと並んで、これとは逆向きに形成される副次コードが発生する。これは、本来的なコードと対立する諸属性をもちながらも、ある程度までは同じ機能を果たすことができる。
たとえば科学では非常に本質的に評判によって支えられている。

【3】
一般に、副次コードは、互いに関連しあった三つの属性をもっている。
(1)より強い具体性と文脈依存性
(2)より小さな社会的正当化の能力、したがってまたより小さな〈提示可能性〉
(3)システム外にいる者では分かち持つことができないような敏感な感受性・雰囲気と歴史の知識・信頼・不信

6.

【1】
KMは、可能な諸作動をあらかじめ二値的に構造化する二項的な図式主義を採り入れている場合にのみ、コードの形式と選択の働きを実現することができる。
二値性は、シンボルによって一般化されるコードの構成条件である。この形式においてのみ、普遍主義Universalismusと特殊化Spezifikationを結合することができるからである。

【2】
二項図式主義は、その外観に反して、対立するものを分離するのに役立つのではなくて、結びつけるのに役立つ。否定の操作以外には必要としないから。

【3】
二項‐範型Zweier-Paradigmataは、分化に役立ち、否定の操作を容易にしている。
(こうした図式主義の)問題の核心は、図式の推定上の完全性にある。いいかえると、ある反対物を通して可能なものの全体を構築しなければならないという要請にある。

【4】
こういったことは、権力コードの特殊性とは関わりなしに定式化できることである(メディア理論として定式化できる)が、(法システムとのカップリングなどを考えると)権力コードの特殊性もある。権力を適法的な権力と不法な権力とに図式化するためには、規範的な形式が必要である。というのも、権力メディアでは、帰属化させることのできる行為が両方の側で問題になっているからである。
非合法の権力もまた権力である。

【5】
このことは、同時に、権力と法の関係は真理と論理との関係よりも不安定である、ということを意味している。(真理と論理の相違にもとづいた理論交代は、これまで一度もおこっていない)

【6】
メディアや二項的図式化が分化を遂げていくと、そこには複雑な相互依存が生まれてくる。ときには構造的に重要な連関が存在することがある。権力と貨幣の関係では、一方のメディアの働きが、他方のメディアの選言作用を強める。
今日では、傾向的には経済的な諸問題の再政治化をもたらしており、そのことによって、この点における社会の分化の交代をもたらしている。

【7】
図式化の実現の程度の問題。適用回避の規則。
〈合法的権力/非合法的権力〉という二項図式主義は、公式権力にしか適用できない。公式権力は、まさにこのことによって定義されている。非公式権力はこの図式にしたがわない。法が適用されたりされなかったりする。

7.

【1】
適用回避の規則は、二項的図式化をそなえたコードが普遍的な関与性を持つよう要求する場合にだけ必要とされるのであり、しかもこの要求の程度に応じた範囲で必要とされるのである。
「わたしたちはパーソンズにならって、そのつどある状況に関与している特定のパートナー達の諸属性とは独立に、一般的な諸規準にしたがって意味連関が現実化されるということがわかっている場合に、普遍主義という用語をもちいることにしよう。」

【2】
未知の状況やまだ確定されていない状況のなかで、そもそも期待を形成することができたり、頼るべき行為基礎が用意されたりするための前提となるのは、問題となっている状況のなかで〈そのつど〉呼び出すことのできるシンボル、普遍主義的に使用可能なシンボルである。まずは第一次的に普遍主義的な方向づけというものがなければ、連鎖形成はできないし、開かれた未来に対して十分に開かれた態度も、関与者が絶えず交代していく高度な社会的移動性も、可能ではない。

【3】
シンボルは引用しうるものでなければならない。いつでもだれでも。
法の形式をとった権力の安定化は、普遍主義的な特定化がおこなわれるためのひとつの基礎である。

【4】
こういった諸機能は、権力保持者が自分の権力に規範的・法的・道徳的に拘束される、ということを示唆している。

【5】
メディア・コードが優先を組み込んだ二項図式化の諸機能を普遍主義的な妥当要求と結び付けようとする場合に現われてくる随伴問題がある。そのコードは、だれに対しても、優先されているコード選択肢の意味において体験もしくは行動するという可能性を保証しなければならない。

8.

【1】
権力コードを法的な正当と不当という二項的図式主義と結びつけ、そうすることで、この結合を普遍主義的なものにできれば、権力の技術化の度合い(文脈から相対的に自由な権力適用)の成果が大きくなる。
これは〈法治国家〉のコード規則、すなわち法は国家権力の行使にとって必要・十分な根拠である、というコード規則を前提にしている。

【2】
法はまた、さまざまな権力源泉のあいだでの協力、とりわけ経済的権力と政治的権力と軍事的権力のあいだでの協力を秩序づける働きをする。

【3】
ここで関心の対象となるのは、このような進化結果との関連で権力コードに現われてくる一定の諸要件である。権力は、選択肢の布置に依存するとともに、権力保持者が偶発的な決定を通して選択肢の組合せを条件的に結びつける(プログラム化)ということに依存している。ここでコミュニケーション・メディアが機能するための重要な前提は、この結びつけについての可能性とそのための準備態勢が権力服従者にとって信ずるに足るものである、という、〈信憑性〉である。

【4】
権力のコミュニケーションには、できることなら自分の回避選択肢を実現したくはないが、しかしもちろん実行のための準備はしているという権力保持者のメッセージが含まれている。

【5】
比較的単純なシステム条件のもとでは、権力コードは、信憑性をたんに強さということだけでシンボル化することができる。だが高度に複合的に分化したシステムでは役に立たない。

【6】
ここで現われるのが権力の法的な図式化と技術化。権力保持者がおこなう諸選択肢の条件的な結合が、法そのものによってもういちど条件的にプログラム化される。結合の偶発性は規制され、計算可能になる。信憑性の問題は、陳腐化される。

9.

【1】
権力コードのシンボルによる一般化に結果として、首尾一貫性の問題が現われる。

【2】
とくに次の二つの場合。
(1)統一的な権力を多数の権力保持者に配分する場合。つまり連鎖形成の場合。
(2)権力を形成する状況や選好構造の変化の結果として力関係に変動が生じる場合。
⇒(1)力関係のヒエラルキー的で推移的な秩序化という想定
⇒(2)総量の一定という前提。

【3】
ヒエラルヒー原理と総量一定の原理は、対立する諸条件のもとで意味を持つが、論理的には排斥しあわない。

【4】
だが、ヒエラルヒー原理も総量一定の原理も、権力コードの可能な構成要素であるにすぎないのであって、権力理論の前提ではない。

10.

【1】
権力理論は権力コード自体の規範的な諸規則に拘束されるようなことがあってはならない

  • コミュニケーション・メディアは、関与者たちの情報処理能力に対して過大な要求をしてはならない

【2】
情報処理問題の一部は言語コミュニケーションの過程から切り離され、知覚にゆだねられる。

【3】
情報問題は、動機づけの形態と選択の帰属化に関連する。
愛や貨幣は、すでに動機づけられているパートナーの選択によって、動機づけ問題を部分的に解決する。
権力の場合、権力に服する用意があると自ら進んで名乗り出たくなるひとは、ほとんどいない。物理的暴力の場合、包括的な服従宣言に依拠している組織の権力の場合、情報負担は減少する。

【4】
動機づけ問題のこの解決は、対応する帰属化問題の解決を下敷きにしている。

  • 動機は、ひとに行為を帰属させようとする場合に必要となるにすぎない。

権力に動機づけられた行為の場合には、選択は両方の側で行なわれるにもかかわらず、傾向的には権力保持者だけに帰属させられる。不可避的にそうではないが、そういう傾向がある。

11.

【1】
コードそれ自体を主題化することは、どのようにして可能となるのであろうか。というのも、主題化するということはつねに、同時に否定の可能性をも開くことだからである。

【2】
あらゆるコミュニケーションは、そのコミュニケーション自身にとっては否定することの不可能な、先行的な予解の一水準を前提している。
古代ヨーロッパの伝統では、このような先行予解として、完成という言語形式がとられていた。

【3】
完成のこの論理はもちろん挫折。(神学的理由。〈無限の存在〉(スコトゥス)→世界の現実的無限を認める)
主権をめぐる議論によって、権力コードの内部に、より大きな主題化の自由とより大きな否定の潜勢力が獲得されることになった。そして、コードの主題化は、遂にはコードそのものを偶発化させ、別様でもありうるものとして現象させることになった。

【4】
このことによって現われてくる諸問題は、権力のコードのなかで、新しい種類の否定不可能性によって受けとめられなければならない。というのも、これ以外に一体どのようにして、コードについてコミュニケーションをしたり、コードを疑ったり、基礎づけたり、あるいは変更したりすることができようか。

  • 普通には、この問題は正当性の概念でもって答えられている。

【5】

  • すなわち、権力は最終的には正当化されなければならない、と主張されている。

⇒より明確化した命題:

  • あるメディアのコードに関するコミュニケーションはつねに或る別のメディアに操縦されていなければならない。

すなわち:

  • メディアの諸システムはその最上位の諸シンボルにおいては自律性を失っており、環境にきわめて敏感に感応する。

⇒最上位のメディアについていかにしてなおもコミュニケートすることができるのか、という問題で困難に陥ることになる。

【6】

  • コードの主題化という問題をメディアとシステムに独自な機会主義の探求を通して解こうとする理論は、これとは根本的に異なった相貌を呈することになろう。

たとえば権力コードが法によって第二コード化を手に入れれば、権力を優先するか、法を優先するかという問題は、システムのなかで再帰反省化されなければならず、しかしそれにもかかわらず、構造的に不決定にとどまらざるをえない。
第二コード化は、権力/無権力という選言と法的な合法/不法という選言を互いに関連づける、ということを意味しているのである。
重要な点は、(1)二つの選言の持続的な同一視は避けられる、(2)決定は権力保持者がつねに正しいということにはつながらない、ということ。

【7】
第二コード化のもうひとつの帰結:権力コードの決着のつけ方の問題をもはや道徳的に分節化することはできない。

【8】
完全に発達したブルジョワ社会は、政治の操縦のために、進歩的と保守的という二分法形式をとるコードをつくりだした。
それは、任意のどの政治主題についても、これにひとつの対立物を付属させるのに適している。政治化が行なえるかぎり。

【9】
この政治コードは、その時間構造でもって時間に中立的な法の図式主義を撃退している。その形式性と時間性によって、この社会は固定したメディア・ヒエラルヒーとの結びつきがなくても済んでいる。

【10】
他の諸コードは、この政治コードの枠のなかで問題化される。
問題化の諸前提は4つ(略)。

【11】
〔正当性をめぐる?〕問題の核心は、根拠づけにあるのでもなければたんなる事実的な受容、ということにもない。

  • この問題は、コードの偶発化を可能にすると同時に、コントロールすることのできる諸構造と諸過程のなかに存在している。

その中心に位置することになるのは、

  • コードの高い偶発性のもとで分化を維持することはどのようにして可能か、とう問題。

いいかえると、

  • (1)すべてのコミュニケーション問題が同時につねにコード問題になってしまうこと、つまり構造と過程が融合してしまうことを、どのようにして妨げることができるのかという問題
  • (2)種類の異なるメディア・コードの分化が崩れてしまって、権力が真理や愛や貨幣に基礎を置かなければならないような事態を、どのようにして妨げることができるのかという問題。

[ルーマン][権力]第4章 権力と物理的暴力

[ルーマン][権力]第5章 生活世界と技術

[ルーマン][権力]第6章 影響の一般化

[ルーマン][権力]第7章 権力の危険

[ルーマン][権力]第8章 権力の社会的な関連

[ルーマン][権力]第9章 組織化された権力